はっきり言って私は彩音のことがむかつくことが多い。 いちいち人の気持ちには鈍感だし、すぐ私のことをいらつかせるようなことを言ったり、したりする。身の回りはきちんと整えるけど、宿題を見せろとかいったり、寝坊をしたり、便利に頼られることも少なくない。 まぁ、それは不満ではあるけれど、彩音のことを嫌いになる理由では全然ない。それはそもそもありえないことであるし、彩音は私のことをイラつかせたり、むかつかせたり、本当にバカなんじゃないかってくらいに人の機微に鈍かったりもするけど、不意打ちでしてほしい以上のことをされたり、言われたりとすることもある。 (……そういうところがまたむかつくんだけど) 嬉しいことのはずで、そういうときはいつも必要以上にどきどきしてしまう。ほとんど生まれた時から一緒で、彩音のことなら何でも知ってるし、何でも知られてるというのにすごくドキドキしてしまって、また彩音が好きだと再認識させられる。 いくらでもむかつくところがあるのに、世界で一番好きだと思い知らされてしまうのだ。
「それ、どういうことよ?」 「だ、だからぁ、明日は澪と約束しちゃったんだってば」 休日の前の夜。普段なら、一週間の疲れもふっとび明日からの休みをどうすごそうかとわくわくする時間。 私たちはお互いの寝床に入りながら明日の予定や、種々のことを話して、長い夜を楽しく過ごす。 そのはずが、 「明日は私の買い物に付き合ってくれるって約束だったんじゃないの?」 デートの約束を破るという彩音の発言に私は一気に不機嫌にさせられる。 「よ、予定ができなかったらっていったじゃん」 「……………」 それは嘘ではない。確かに、そう言いはした。 「……だからって、前日に予定入れることないでしょ」 「それは、まぁ、そうだけど」 申し訳なさそうに彩音は顔をそらす。罪悪感というものは一応感じてはいるらしい。 同じ物事に遭遇しても、それに対する感じ方は人それぞれだ。 私は、このデートをすごく楽しみにしていた。こうして一緒に住んではいるけれど、意外に二人きりででかけるというのは多くないし、最近はずっとしていなかった。 それに実はこうして一緒に住むようになってからは、私からほとんどデートなんてさそったことはなかった。 その理由は今はどうでもいいとして、多分、彩音は明日のことをそれほど重く考えていなったらしい。 (というより、【デート】とすら考えてないんでしょうね。このバカは) 彩音がそういうのに鈍感なのは知ってる。 知っていて、予定がなければなどという消極的な誘い方をした私にも落ち度はある。 だから別に、そこまでいらいらする必要なんてない。 私が週の頭に約束をして以来、毎日楽しみにしていたなんてこのバカには関係ないことなんだから。 「澪と遊ぶの久しぶりだしさー。まぁ、いいじゃん。美咲とはいつも一緒なわけなんだし。あ、っていうか、美咲も一緒にきたら?」 それは理性的な選択だ。 私に大切なのは買い物に行くことではなく彩音とデートをすることだ。買い物に行きたいのも嘘ではなくても、彩音と一緒にいられることと比較しどちらが大切かなど、考えるまでもない。 それはわかっていても私が口にするのは逆のことなのだ。 「いいわよ、別に。邪魔をする気はないわ。それに、ここだけの話ちょっとあの子のこと苦手だし」 先ほどまでベッドの彩音を見つめていた私は、言いながら彩音に背を向ける。 「あ、やっぱそう? なんか合わない感じだよね。美咲と澪って。澪は結構美咲のこと気に入ってそうだけど」 「なんか、そういうところも含めて、ちょっと苦手なのよ」 「ふーん? よくわかんないけど」 「ま、いいわ。行ってきなさい」 「あはは、ありがと。埋め合わせはするからさ」 「期待しないで待ってるわ」 そこで一度この会話は終わりをつげ、いつもの金曜日の夜の時間に戻った。 夜も更けてきて、そろそろ寝ようかという時間になり私が電気を消すと、部屋には沈黙が訪れる。 「……そういえば、彩音」 このまま寝るはずのところに私はあえてこのタイミングで口を開いた。 「んー?」 「明日、ゆめはくるの?」 「さぁ? 聞いてはないけど、澪が誘ってはみるって言ってたかな? まぁ、来れるんなら来るんじゃないの?」 「ふーん」 来れるんならもなにも、彩音がいるのにゆめが来ないわけないでしょ。 「で、ゆめがどうかしたの?」 「……別に、なんでもないわ。おやすみ」 「あぁ、うん。おやすみ」 「…………………」 電気を消してからしばらく、ほとんど視界のない部屋で私はベッドに上がっていた。 「…………………………………ばーか」 私は目の前の、覆いかぶさっている相手にそう告げる。 「…………」 むろん、反応はない。当たり前だ。もう、三時を回っている。電気を消したのが一時前だったから、二時間以上たっているのだ。 寝ているにきまっている。 私と違って、このバカには寝る前に思考の森に入る趣味なんてないのだろうし。 「……………ふん」 寝るときにはほどかれている彩音の髪を一撫でした私は、不満気に息を吐いた。 (………まったく、ほんとバカよ) なんでよりにもよって前日に予定を入れるのよ。私がこの一週間、どれだけ楽しみにしていたと思うの? 着ていく服だって決めてたし、何をしようかとも考えていた。 それなのに、前日のしかも夜に駄目なんて言われた私の気持ちがわかる? 大体、はっきり誘ったわけじゃないとしても、私のほうが先なんだから私のこと優先するのが当然でしょ。 好きなのだって、私に決まってるんだから。 ムニ。 ほっぺを引っ張る。 (私のものだっていう自覚がなさすぎるのよ。あんたは) 私にも落ち度はある。 そもそも、はっきり誘っていればこんなことにはならなかった。 ちゃんと、デートするから他の誰に誘われても絶対に断れと言っておけば、こんなことにはならなかった。 (……何回繰り返してるんだか) こんなようなことは今までもある。それはデートという意味ではなく。はっきり言わないがために、私の望まないことが起きてしまうことがだ。 だからといってはっきり言わない私が悪いとは思わない。確かに、私はある程度遠まわしにはなっても普通なら察することができるような程度で言っている。 少なくても私が彩音の立場なら容易に相手の真意を見抜けるように言っているつもりだ。 なのに…… 「この、バカは……っ」 体の内だけで止めようとしていた心情を迂闊に口にしてしまった私は、それが思いのほか悔しそうなのに自分で驚いた。 いや、悔しそうというより (…………泣くほどのことじゃ、ないでしょうが) 泣いてはいない。いないが、それに気づいた私はその手前まで持って行かれてしまう。 思った以上に重くのしかかっているらしい。 (……ほんと、むかつくわよ。このバカ) その原因の一端が自分にあるのを認められず、私はすべての責任を彩音に押し付け、溢れそうになった涙を押しとどめた。 (……私のことが大好きなくせに、私のもののくせに) いっつも私を不機嫌にさせて。 「…………少しは、思い知りなさい」 涙を流させようとしていた感情を、不満や怒りにすり替え、私は彩音との距離を縮めていく。 指を絡め、体を重ね 「……………んっ」 私の唇は彩音との距離をゼロにしていった。